2017/02/03 (Fri) 21:20
【川崎フロンターレ 天野部長インタビュー】(その3)

「『スタ宙』に書ききれなかったこと」(第3回/全3回)

[インタビュー・文・写真 金野典彦 (※天野氏近影を除く) ]

第2回から続く)

■出て行って、新しく人と知り合う

――天野さんは1月末でフロンターレを離れ、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に出向する訳ですが、4年間クラブを離れてまで、“一過性のお祭り”であるオリンピックに、どうして行くのでしょうか?

2002年日韓ワールドカップのときに、約1年半JAWOC(FIFAワールドカップ日本組織委員会)に出向した経験が大きい。1年半の経験の中で、自分自身が自覚できるくらい成長できた。ホント、生ぬるい環境じゃなくて。知り合ったことのない人たちと、経験したことのないことをする環境の中に身を置くことの大変さと、その中でなきゃ得られないことがあることを体感したことが大きいね。

オリンピック・パラリンピックという世界最大のスポーツイベントを創り上げる一員になりたいという気持ちもあるのだけど、それ以上に自分自身をもっと変えたい、一皮むきたいという思いの方が強い。もっといろんなことができる人間になるためには、もっと大変なことを自ら進んでやらないと大きなことを変える力は身に付かないことを、2002年に体感したから。

オリンピックのどの部署で何をやることになるかはまだ決まっていない。でも行けば、フロンターレの枠の中では知り得なかった人たちと知り会える。世界中から集まる人と会える4年間限定の“パス”を得られるメリットは絶対大きい。

■W杯出向時に僕を変えた苦い経験

日韓W杯のときに、自分の中での分岐点になるような苦い経験をしている。

JAWOC横浜支部の競技運営課・チーム対応として僕は決勝に進出したブラジル代表チームについた。決勝戦の4日前、ニッパツ三ツ沢球技場で行われた練習の際、当時ブラジル代表の中心選手として活躍していたロベルト・カルロス、リバウドから、「フリーキック練習時の壁になる人形のフリーキックボードを用意して欲しい」とリクエストされた。でもそれは三ツ沢にも横浜市内にも無くて、取りに行くならフロンターレの練習場まで行かなければならない。当時、チーム対応の仕事は過酷で、本部や運営、警察などとやり取りするために渡された携帯電話を6個も所有していた。ひっきりなしに電話はかかってくるし、その他やらなければならないことが沢山あり、睡眠時間2時間の超多忙なスケジュールの中で、精神的にもいっぱいいっぱいだった。フロンターレの練習グラウンドからフリーキックボードを持ってくることは不可能ではなかったけど、輸送用のトラックの手配やそれに伴う費用処理など考えるとロベカル、リバウドのオーダーに応えることが面倒臭くなった。実際、フリーキックボードが無かったとしても、誰かスタッフが立ったりして代用できるものもあり、対応しなくても決して支障は出ない。そう僕は踏んで「用意できませんでした」で済ませてしまった。

ところが翌日三ツ沢に行ったら、ピッチ上にそのフリーキックボードが用意されている。それは僕と一緒にタッグを組んでいたJAWOCチームリエゾンの服部君(※服部健二氏 当時FC東京所属)が手配して、FC東京のグラウンドから持ってきていた。

「やられた」と思った。

忙しさを理由に妥協して準備しなかった自分を恥じたが、その時はまだ服部君の本当の狙いに気が付いて無かったので、ちょっとバツが悪いくらいの感覚だった。

フリーキックボードを使用した練習の翌朝、ブラジル代表の宿舎内にあるリラックスルームでコーヒーを飲んでいると、服部君がドタバタしながら駆け込んできて、リラックスルーム内に置いてあるスポーツ新聞各紙を広げ始めた。そして「よしっよしっ!」とガッツポーズをしている。何事かとスポーツ新聞を覗き込んでみると、全紙一面にフリーキックをするロベカルの姿とともに《FC東京》と刻まれたフリーキックボードが写っている。そしてその写真はスポーツ新聞だけでなく、インターネット上でも全世界に配信されていた。

そう、服部君には《FC東京》と刻まれたフリーキックボードを用意すれば、それをブラジル代表選手が使用し、それをメディアが撮影し全世界に配信されるという《画》が浮かんでいた。それをしっかり実行に移したというわけ。スポーツ新聞やインターネット記事を見たFC東京サポーターはどう思うだろうか。「なぜ、《FC東京》と刻まれたフリーキックボードをブラジル代表が使ってるの?」と頭の中が「??」になるだろう。それと同時に絶対微笑み、少し誇らしい気持ちにすらなるんじゃないだろうか。

一方僕は全く考え付かず、その《画》が浮かんで来なかった。服部君はフリーキックボードを用意することで、《FC東京》の名前を広めることと、短期間にブラジル代表チームの信頼を得ることに成功した。それに引き換え僕ときたら、忙しさを理由に妥協しその《画》が浮かばないどころか、その先にあるものを考えもしなかった。その時、自分に対する強い失望感を感じたんだよね。もしその《画》が浮かんでいたら、《FC東京》じゃなく、当時J2に沈んでいた《フロンターレ》を全世界に発信することができたのに。やっていたらフロンターレサポーターの笑顔をつくることができたのにって、自分のイケてなさに今までにないくらい凹んだよ。

それ以来、物事を意識して一面だけじゃなく多面的に見る習性がついた。後ろまで見たり、俯瞰で見たり。それがその後のフロンターレでの企画に生きている。陸前高田でも、最終の《画》が見えていたから、そこに辿り着くまでどこで何をするべきかの過程が見えた。2020年のオリンピックでも同様のことがあるかもしれない。自分自身がまだまだで、それを感じて乗り越えることが大事だから、そういうことを自ら感じる機会をつくらないと。

――失敗を謙虚に受け止め、生かす力が天野さんはすごい。

これは僕の性格で、自分にしかわからない自己満足の世界だけど、自分自身に納得がいかないのは厭だからね。フロンターレは皆が協力してくれるから、もしかしたらそれに甘んじているのかもしれない。このままフロンターレにいたらこういう考え方って生まれてないとか、こういう手法は導けないとか思えるようになって、オリンピックから帰って来たいね。

■スポーツでこの国を変えるために

――天野さんは、サッカーの枠を超えたコラボイベントを仕掛けたり、JAWOCに出向して戻って来たり、ひとつの枠にとどまることを良しとせず境界を自然と超えちゃう人だと思うのですが、そういうことは意識してやっているのですか?

別に超えたいと思っているわけではなく、「この国をスポーツで変えたい」という想いでやって来た。上梓した『僕バナ』と『スタ宙』に共通して付けた副題の「スポーツでこの国を変える」が僕の目的だから、これまでフロンターレというサッカークラブで川崎でやって来たけれど、目的を達成するために今自分が何をしなきゃいけないか、どういう経験が必要かを考え、それがJAWOCへの出向であり、これから数年はオリンピックであるということ。

日本にはほとんどのものがあるけれど、唯一無いものが、「スポーツの幸せ」だとずっと思ってきた。それはこの国で、スポーツが「体育」というかたちで教育に利用されてきちゃったから。スポーツが持っているたくさんの価値の中の一部に過ぎない教育的価値の部分だけが抜き出され、「体育」として利用されたのが日本。アメリカでは「体育」=「SPORTS」ではなく、「PHYSICAL EDUCATION」と別な言葉で表されるからね。社会人スポーツも広報的価値や社員の士気高揚など、これまた限られたスポーツの持つ長所を部分的に利用され屈折しちゃってて、本来スポーツが持っている楽しみの部分が、日本の土壌ではうまく育たないままここまで来ちゃった。

だから僕はここから、「スポーツの幸せ」を味わえる土壌を創っていく。スポーツが本来持つたくさんの力を、プロスポーツクラブの運営を通じて示していく。時間もかかるしたいへんだけど、自分がスポーツのあるべきことを感じていて、それが人を幸せにできるパワーがあるなら、無いものを創っていくこの仕事ほど面白いことはない。音楽や食などは、日本の中で文化として既に認められているけれど、スポーツはまだ文化として熟成されていない。スポーツがそうなるために自分ができることがそこにあるのだから、それをやらない訳がないでしょ?

――今日は天野さんの、この仕事への深い想いを訊くことができました。ありがとうございました。

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■インタビューを終えて

特にフロンターレの社会貢献・地域貢献的側面に魅せらせて等々力に通ってきた私にとって、その先陣を切ってきた天野部長がオリンピックに出向するという知らせはかなり衝撃的でした。ならば、その理由を含め、天野部長がフロンターレにいるうちにどうしても話を聞いておきたくて申し入れ実現したのが、今回のインタビューです。

大事な時期に私の初インタビューを受け入れ、「そういうのがフロンターレらしい」と笑う“非常識”な天野さんの胆力は流石としか言いようがありません。本人曰く「ドM」な天野さんが、フロンターレで培った力を持ってして、オリンピック・パラリンピック組織委員会でどれだけ暴れてくれるのか、大いに楽しみにしています。

《天野部長著書》
■『スポーツでこの国を変えるために スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街』
https://www.shogakukan.co.jp/books/09388518 
■『スポーツでこの国を変えるために 僕がバナナを売って算数ドリルをつくるワケ』
https://www.shogakukan.co.jp/books/09840124

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『スタ宙』と『僕バナ』
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このインタビューは、2017年1月中旬、川崎フロンターレのクラブ事務所にて行われました。
※文中敬称略

■[天野 春果(あまの・はるか)]
米国・ワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学び、1997年4月、富士通川崎フットボールクラブ(現川崎フロンターレ)に入社。ホームタウン推進室にてクラブが地域に浸透すべく活動。2001年から1年半、JAWOC(FIFAワールドカップ日本組織委員会)に出向し、翌年復職。以来現在まで、プロモーション部部長として、フロンターレが地域に愛されるべく「常識の斜め上を行く」ユニークなアイデア満載のイベント・プロモーションを打ち続け、ホーム等々力競技場の来場者数アップに貢献してきたJリーグ屈指のアイデアパーソン。2017年2月より、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に出向する。愛称は「あまのっち」または「天野乙」。

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■インタビュー・文・写真 [金野 典彦(こんの・のりひこ)]
2011年4月23日、東日本大震災により中断を経たJリーグ再開のベガルタ戦@等々力がフロンターレの公式戦初観戦。以来それがデフォルトとなる。等々力競技場の近くの街に住む川崎サポ。どこのサポでも基本ウェルカム。フロンターレというクラブの「ありよう」に共感を覚えサポーターを続けている。「サッカー×街×人」をテーマにホーム川崎を中心に活動し、写真と言葉で伝えるべく奮闘中。出版社勤務。

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コメント

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Re: 魅了されました。

クーガー様

コメントありがとうございます&返信が遅くなり失礼いたしました。
フロンターレの地域密着路線は天野部長なしではありえず、そのキーパーソンがオリンピック・パラリンピック組織委に4年間出向してしまうとのことだったので、絶対いるうちに話を聞きたいを思って必死にアプローチした結果、何とか話を聞き、かたちにすることができました。

その後、ヨーカドーの西川店長へのインタビューも行った結果...2人やってちょっと燃え尽きました。思いを込めて労力掛けた仕事はなかなかたいへんで、2人やり終えたときには余力なく、これを続けるのは持たないぞと...。

文章を単発で書くことは出来ても、それを続けることはなかなか出来ることじゃないことを、このインタビューをまとめて痛切に感じました。フロンターレ関連でも何人かのライターさんが日々取材して記事を書いていますが、日々書き続けることはすごいなあ、と自分で書いてみて実感しています。

とはいえ、書くことを止めた訳ではありません。等々力には通い続けているし、書きたい話もあります。今はそのエネルギーが不足しているので書けていませんが、エネルギーが閾値を超える時が来て、いつか再度書けるときが来ることを、自分でも願っているのです...。



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SHIBACOFFEEマスター様
嬉しいコメントありがとうございます。
天野さんの話を聞き終えて思ったのは、天野さんはアメリカ留学時代に自分の目標を定めてから、それを為し遂げるために一貫してやって来たんだということ。「スタ宙」でもインタビュー中でも触れていますが、「目的」のための「手段」は様々で、フロンターレでの様々な集客プロモーションという「手段」を積み上げ、「街の人を豊かにする」という「目標」に向かって突き進んでいたということが、インタビューをまとめる中で良くわかりました。
天野さん不在だからって、等々力のお膝元が元気じゃなくなったらいけません。それぞれができることを掛け合わせ、地元・新丸子を共に元気にしていきましょう。

金野さん、読み応えのあるインタビューでした。
3回の連載、一つ一つは長いものではないのですが中身(情報量)にお密度の濃さは相当なものです!!
東京オリンピックに向けて旅立つ天野さんの置き土産として、これ以上ないものを見事に引き出されていたのではないかと感じました。
彼の不在の4年間は寂しくはありますが、彼と共に歩んだスタッフの存在があり、「どんな手でくるのか?」をまた楽しめそうですよね。
そして4年後パワーアップした天野さんとこれまたたくましく成長したスタッフさん達が合流した時に「どんなマジックを魅せてくれるのか?」を思うとワクワク&ニヤニヤしてきます♪
いずれにしても氏の本音に触れる事ができ、勝手ながらフロンターレの今後がますます楽しみなりました!
本当にありがとうございます!!

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