「全力でフロンターレを応援し、アンテナになって地域に拡がっていくお店に(後編)」[インタビュー・文・写真 金野 典彦]
(
前編から続く)
■「フロサポあんのパンまつり」開催!
いろんなことをやるうちに、サポーターとの距離が縮まってきて、個々の選手のこともだんだんわかって来た昨年の11月、小林悠選手が他チームからのオファーを受けて移籍するかもしれない話が出て、大久保嘉人選手(現・FC東京)の移籍も決定と言われる中、小林選手まで移籍してしまったらフロンターレはどうなっちゃうんだろうと心配していました。そのなかで小林選手が“残留宣言”した晩の彼のブログを読んで、非常に心を動かされました。残留を決めた理由のひとつにサポーターの存在を上げていて、サポーターの声に耳を傾ける選手がいることに感動を覚えました。いくらサポーターだと言っても給料出してくれる訳じゃないし、高額のオファーを蹴って残留だなんて、そんなの普通あり得ないと。
以前から、「悠さまにあやかって、あんぱん置いてくださいよ」というサポーターの声を聞いていたので、「タイミングは今しかない」と、ショップであんぱんを売ることを決断し、翌朝すぐ動き、午前中の早いうちにあんぱんをショップに並べました。それをツイートすると、あるサポーターの方が作っていたハッシュタグ「#フロサポあんのパンまつり」を使わせてもらったのが上手く効いたのか、結構な量を準備したにも関わらず、あっという間にショップに準備したあんぱんは売り切れとなり、地下の食品売場のあんぱん全部を持って来て補充しても、完売になってしまったんです。翌日分の通常発注はもう終わっていたので、慌ててパンメーカーさんに直接お願いして大量に追加したのですが、その補充が入った翌日も完売となってしまい、いったいどれだけ発注するのが適正数量が分からなくなりました。

種類も量も半端ではないあんぱんが並ぶ
以降、お店に引きも切らずサポーターが訪れるため、フロンターレサポーターってすごいなと思うようになり、サポーターの熱にほだされ、自分もこのショップ運営の仕事にどんどん情熱を注ぐようになっていきました。
11月に行ったチャンピオンシップ(CS)の応援セールも、実は8月頃から準備をして来ました。サポーターは中原区だけでなく川崎市の他の区にも多くいてこの武蔵小杉駅前店だけでは足りないと判断して、川崎の他の店舗も巻き込もんでやることにし、実際、市内5店舗の共同企画というかたちでのセールを行うことができました。このセールでもお店とサポーターとの距離を詰めることができたのではないかと思います。

CS応援セール時には入口に大きな横断幕が掲げられた
■早い段階での結果が必要な理由
――ショップ導入にしても、”あんぱん祭り”開催にしても、西川店長は、決断から行動までがとても速いと思います。意識的にそうしているのでしょうか?いちばんの理由は、一般的に店長の任期はとても短く、長くても3年くらいだからです。たった3年の任期の中で、やり方が地域に溶け込んで浸透するのをじっくりのんびりやっていたら、かたちが出来上がった頃に違う人が来て全然違うことになってしまう。そのサイクルじゃ地域に根付くことはできません。今回フロンターレと様々なことをやれるようになれたけど、この関係をもっと深くしておかないといけない。私が異動になって次の人が来たとき、フロンターレとの仕事はマニュアルがある訳でもなく正直手間がかかるので、踏襲するのが面倒で余分な作業と思えちゃうと、極端な話、やらずになくなっちゃうことだってあるかもしれません。でもある程度の売上のベースがあり、サポーターの支持も頂きながらやってきたことをやめるマイナスの大きさがわかれば、やめる人は絶対いないと思うんです。だから、まずは結果を早い段階で出す必要があり、そのために、自分はスピード感を持って仕事をし、部下にも同じことを口を酸っぱくして言い続けて来ています。
これは積み重ねで、一朝一夕にはできず、自分が深く入り込まずしてできることじゃないです。自分が全部動いて知った上で部下に指示をするのと、表層だけの知識で指示するのとでは全然違いますよね。今、このお店で私以上にフロンターレを語れる人間はいないと断言できる程、ここで自分はフロンターレに深く入れ込んでやって来ました。店長がそこまでやっているのに浅い仕事をやったら一発で見抜かれますから、必然的に部下も一生懸命にやるようになります。だから今は、ショップに関わるスタッフみんながフロンターレに興味を持っていろいろ考えるようになり、自分からこういうことをやったらどうかという提案もするようになって来ました。例えば、マスコット総選挙のときのカブレラ来場に合わせて、お菓子の担当から歌舞伎揚はどうでしょう、青果担当者から蕪のプランターセットやってみたいですと、現場からどんどんアイデアが出て来るようになったのです。そうなったら、自分は舵取りをしっかりすればいいだけで、今、そういう状況にまで持って来ることができました。
■ “普通”じゃないフロンターレサポーター
――フロンターレにどっぷり浸ってやって来て、どんな発見がありましたか?特にサポーターについてどう感じていらっしゃるでしょうか?非常にノリがいいというか、言葉は悪いけどくだらないことでも本気になれる熱さ・スピリットを持っているところは凄いな、いいなと思います。実際小林選手の残留に感謝してあんぱんをいっぱい買ったって、選手にその意味が伝わるかは分からないし(※その後サポーターの有志が麻生グランドでこの“まつり”を直接伝えてくれ、小林選手の1/16の来店に繋がりました)、賞味期限が近付き割引セールしているあんぱんを、「売れ残って廃棄になる前に救出せよ!」なんて情報がツイッター上で回ってサポーターが買いに走り、ホントに完売させちゃうなんて普通は考えられないですよ。
あとはマナーの良さですかね。1/1の天皇杯決勝時に武蔵小杉駅前のコアパークでパブリックビューイングをやったとき、お店のトイレを無償提供しました。普通ああいうイベントのときのトイレって、すごい状態になるんですよ。例えばコンサート会場が近い他のヨーカドーの店舗でコンサートがあった日なんかは、トイレが散々な状況になってしまいます。今回もそれを想定して、清掃スタッフも用意していたのですが、終了後、トイレは全然汚れていませんでした。そのあと会場に行ったら、ゴミも全然落ちていない。来たサポーターは、スタッフの人が片付けることをわかっているから汚さないように気を配ったのだなと思い、すごくクラブと近いところにいる人たちなんだなということがわかりました。ゴミの後始末まで考えてくれるとは、普通の“お客様”とは違う、温かさといったようなものを感じました。サポーターなのに、クラブスタッフみたいな感じと言えばいいのか。他とはたぶん違うんだろうなって。
■他の地域で同じようにはしない
これから私が異動した地域にJリーグのクラブがあったとして、フロンターレと同じように組むかというと、たぶん組まないと思います。おそらくですがこんなに特異なチームは他にはなく、クラブ、サポーター、更には行政まで、すべてが良好な関係を保っているというのは相当レアなケースでしょうから。
私には、川崎フロンターレという会社があって、選手がいて、スタッフがいて、サポーターも同じ組織の中の一員という風に見えてしまうんです。私は全国10か所以上の地域で仕事をしてその地域を見て来ましたが、川崎の街は、フロンターレというチームを中心に回っているような気がするんですね。だから、一緒に仕事をすることで当店のオリジナリティーとなり地域に近づける。頼りにできる相手として、必然的にフロンターレを選んだと言えると思います。この関係が続けば、ウチのお店も、もっともっとお客様に支持される店になれるんじゃないかと思っています。
■深夜のリプライ返しは…
――ところで店長、寝てますか?いや…(苦笑)。ショップの仕掛けは一朝一夕にはできず、ある程度先のことまで自分で考えて具現化しておかないと部下には話せないので。それを実現させるためには、正直なところ、寝ている時間が勿体ないのです。1~2週間に一度は完全オフの日があるので、そこで集中的に寝ていますが。
――店長は、たまに深夜にサポーターのツイートにリプライを返していますが、あれはやはり全部のツイートに対して…返してます。
――やっぱり。あれホントに深夜ですよね。店長の体を気遣うサポーターが「#店長寝ろ」のハッシュタグを付けてツイートしているのを見ました。全ての人に直接お会いできればいいのですが、ツイッターによってお会いできない方とも繋がれて、ウチの店に対するご意見を頂いているのに、私がそれに対して返さない訳にはいかないです。本当は私あてじゃないものも拾いたいくらいですが、正直深夜のリプ返しは、さすがに途中で力尽きちゃうときもありますので…。
ツイッターだけじゃなく、店頭でお客様にいろいろなことを言って頂けるというのはすごく嬉しいことで、ヨーカドー店頭の意見箱に頂く投書には誹謗中傷的なものも多いのですが、ここではお客さん、特にサポーターの皆さんが建設的な意見を言ってくれるので、私の今の仕事はそれをしっかり受け止め、どう具現化するかを考え、実行するだけです。
■規格外のことをやると…
――当たり前ですが、店長はフロンターレショップだけを見てる訳でなく、武蔵小杉駅前店全体を統括する立場にいる訳ですが、店長がこのお店でやってきたことは、会社の本部ではどのように評価されているのでしょうか?私の立ち位置は、本部からするとすごく微妙なんです。本部からすれば、いちばん理想的なのは、本部が決めたものをそのまま売ることです。それがこの地域に合っていればそうしますが、違うと思ったらそのままではやりません。今回のフロンターレのこともそうですが、規格外のことを結構やってしまっているので、そのあたりをどう見られているかというと….なかなか理解されず、ちょっと難しい立ち位置ではありますね。わかって下さる方もいますが。
――“非常識”なことをやると、“敵”が多くなっちゃいますよね。むしろ敵の方が多いくらいです(苦笑)。またか、みたいな感じで。
■「お客様は、お店には来てくれないものだと考えろ」
私の副店長時代、そのときの店長の方に、ヨーカドー創業時の精神的なことをよく聞いていたのですが、いちばん心に響いたのは、「お客様というのは、お店には来てくれないものだと考えろ」ということなんです。ヨーカドーは創業時は小さな雑貨用品店で、お店を開いてもお客さんは来てくれなかったそうで、それとフロンターレショップを重ねていました。ここも最初の頃はお客様は全然来なかったので、来てくれるようにするにはどうしたらいいかということを考えながらやることが、自分の中でずっと根底にありました。その問いを立て、考え、動き続けたからこそ、サポーターに親しんでもらえるこの距離感も生まれたのだと思います。
■無くなったら困るという店にしたい
――イレギュラーなことをやっているので、随分手間がかかっていますよね。ひと手間ふた手間どころか、三手間くらいかかっちゃうのは確かですね。生産性を上げ、ローコストオペレーションで人手間をかけずに回すシステムが求められる中、私がやろうとしているのは、人手間がかかるようなことばかりなので、本部からは支持されないことは多いです。だから、結果を出す必要があるのです。このお店が無くなっても、地域の人が困ることはないでしょう。代替店はいっぱいありますから。だから私は、ここをこの店が無くなってしまったら困るという店にしなければならないのです。そのためにはある程度の業績が必要で、最低限の利益だって確保しなければならないので、それを残すためには全力でやりますよ。
――ここに来る前に店長をされていた群馬県の藤岡店が、先日(1/29)、閉店になってしまいました。そのときの店長のツイッターを見ましたが、本当につらそうにされていたのが印象的でした。あれは本当につらかったです。お店が無くなってしまうというのは、お客様もそうですし、取引先、従業員と、お店に関わったあの地域の方皆が失ってしまうものがある訳で、それを考えたら、自分があそこでもっとやれることがあったのでは?と残念で仕方がありません。
ここ武蔵小杉は確かに、今もなお人口が増えている地域です。でも恵まれた環境にこのまま胡坐をかいていたらお客様の支持を得られないし、来店客数は下がります。ここだっていつ閉店になるかわからない環境にあることは変わらないと思いますし、ここでしか働けない人もいるので、絶対に閉店はしちゃいけない。だから、全力でその土台つくりをして、この店でできることをやり切りたいのです。

お店の北側,、JR南武線寄りは再開発のため通行止になっている
■自然にサポーターが寄り、地域に広がるアンテナのようなお店に
――これからのことを伺います。“あんぱん祭り”もシーズン2まで終わり、既に次の企画も仕込んでいるのだと思います。ああいう催事的なことは面白いのですが、本来であればサポーターがイベントのときだけ来るのではなく、日々寄ってくれる方がお店としてはいいはずで、そうなることを目指しているのだと思います。そのためにどんなことをやっていこうとお考えでしょうか?まずは、自分がもっとフロンターレを好きになること、フロンターレの中に入って行くことです。仮に私が異動してしまっても、ずっと私がフロンターレを好きでいるというスタイルで仕事も生活もしていくことが、自分にとって重要なことだと思っています。
自分はサポーターと接するのに、物販をメインにしちゃいけないと思ってやって来ました。もちろんお店の商品を買って頂きたいですが、それを自然の流れでできるようなかたちをつくりたい。私が直接買って下さいとお願いをしたら、サポーターの幾人かはおそらく買ってくれるでしょう。でもそれじゃ駄目で、例えばリンゴを買って欲しいのだったら、「リンゴを買って下さい」とお願いするのではなく、リンゴを美味しく見せるやり方を工夫し、面白いね!と思ってもらえるような商品を増やし、売り方を工夫していくことが必要だと思っています。押し売りじゃなくて、自然に買って頂けるような環境づくりですね。
また、フロンターレが優勝できるようお店を挙げて全力で応援することで、お店がアンテナになってもっともっと地域に拡がっていくようになりたいです。CSの必勝セールのときに店頭に横断幕を掲げ、スタッフみんなが青のTシャツを着たというのは、結構周囲に影響を与えることができたと思うので、ああいったかたちの情報発信をこれからも続けていこうと思います。ショップに来るサポーターの方で、最初はちょっと興味があるくらいのだったのが熱心に応援するようになった方もいらっしゃいますから、ヨーカドーがあれだけやっているのだからウチもやろうよ、と思ってもらえるような店にしたいですね。
――“あんぱん祭り”は、新丸子のサポートショップにも波及しましたよね。大手流通のお店と地域の商店街が一緒になって盛り上げるなんて聞いたことなかったです。これだけ人口も多いし、この地域はもっともっとできると思います。全国チェーンとか地域の商店だとか関係なく、壁みたいなものは取っ払って、もっと一緒に盛り上げていく関係を創れたらいいと思っています。そもそもこの地域で昔から商売をしているのは地域の商店で、我々が学ぶべきことはとても多いです。

新丸子の3店舗も合同で“あんぱん祭り”を展開
重ねて言うなら、地域の中でその店舗しか使えない、その地域や店舗でしか働けない人もいますから、今、我々は踏ん張ってやっていかないといけないと思います。世の中からスーパーマーケットや商店が無くなったら困る人はいっぱいいるはずですから、風はアゲンストですけど、しっかり地に足をつけてやっていかないと、と思っています。自分ができることは一店舗を守ることだけですが、それをしっかりやっていきたいです。
――今日は店長の仕事に対する熱い思いを伺うことができました。ありがとうございました。
あんぱん11,111個販売を達成し、充実の笑みを浮かべる
■インタビュー後記
西川店長は、人との繋がりを大切にする方だと思いました。ツイッターでは睡眠時間を削ってまで全員にリプライを返し、その後藤岡店での取引先に声を掛けて群馬県の物産フェアをやったりと、縁のあった人との関係をひじょうに大事にしているからこそ、人をまとめる店長の重責を担えているのだなと。
また、体を通した仕事をする方だとも。藤岡でも武蔵小杉でも、まずは地域を自分の街で歩き、気付いたこと・感じたことを元にまず自分で考えやってみて、自分自身が納得したことだけをかたちにすべく動いている。店長の血肉の通った仕事だということがスタッフにもサポーターにも伝わったからこそ、1年にしてあれだけサポーターに愛されるお店になったのだと思えます。
フロンターレも最初のJ1昇格後1年でJ2に落ち、逆境からの再スタートを切りました。流通業界も逆境の今、それをはね退けるために西川店長が次にどんな手を繰り出すのか、非常に楽しみにしています。
店長には一日でも長く武蔵小杉駅前店にいて欲しいのですが、寝不足は体に悪いので、深夜のリプライ返しは程々で、睡眠時間はしっかり確保して下さいね。
-----------------------------------------------------
このインタビューは、2017年2月中旬、イトーヨーカドー武蔵小杉駅前店内にて行われました。
※文中敬称略
■[西川 晃石(にしかわ・こうせき)]
イトーヨーカドー武蔵小杉駅前店店長。日本全国10以上の店舗に勤務ののち、2015年11月、武蔵小杉駅前店に店長として着任。店内に川崎フロンターレのオフィシャルグッズショップをオープンさせ、機を見た仕掛けでサポーターを呼び込み、1年にしてサポーターの圧倒的支持を得るお店にする。武蔵小杉駅前店を地域に愛され地域に無くてはならないお店にすべく日夜奮闘中。
- 関連記事
-
コメントの投稿